「令和7年7月7日に届けてもらいなよ!こんなラッキーナンバーの日は、なかなかないよ」
投稿日:2025年7月7日 / 最終更新日:2025年7月7日
小中社長。
おかげさまで、3冊目を発刊できました。
1作目のとき。
東京ドームホテルのラウンジで、
私のわがままをたくさん聞いてくださいました。
今日みたいな暑い日でしたね。
あの時、
生意気な私の要望を、
小中さんは深い懐で受け止めてくれました。
あの時、
思ったんです。
「こんな大人の人には歯が立たない。」
おかげさまで、何度か増刷はされました。
決してベストセラーとは言えないけれど、
自分の力で自由に書く経験をさせていただきました。
それは、決して大げさではなく、
今を生きる力の土台になったと思います。
本当にありがとうございました。
さて、
3冊目を出版したいと依頼したのは、2018年2月3日でした。
あっと言う間です。
数年ぶりに小中さんに声をかけて、
7年が過ぎてしまいました。
小中さんは、どんなタイミングで声をかけても、
いつも私の気持ちを察して対応してくれました。
そう。
はじめて会った時の大人としての風格。
真善美を磨いてきた存在感。
あの本物感は、どうやったらにじみ出るようになるのでしょう。
どうにか原稿がまとまったとき、
真っ先に小中さんに連絡しました。
でも、お返事がなく……。
まさか……。
と思いました。
2024年10月7日に他界されたことを知り、
天命をまっとうされたこと、
そして、感謝を伝えることだけが私の出来ることでした。
しばらくして、
それでも小中さんにお願いした3冊目は発刊したいと思うようになりました。
しかし、出版業界にまったく伝手のない私は、
どうすれば出版できるのか?
悩みました。
大きな出費をともなう商業出版は、
私の財力では厳しい。
さぁ、どうすれば……。
そんなことを思いながら数日。
確かに聞こえたんです。
「どうにかなる」
これ、小中さんでしょう。
その通りになりました。
でも、小中さん。
小中さんは、私に勇気を与えてくれただけじゃありませんでしたね。
より善い本にするために、
言葉を扱わせたら、
21世紀最高の天才を、デーモンとして触れさせてくれましたね。
小中さん。
あなたが出会わせてくれたのでしょう。
バレますよ。
ありがとう。
出版社には迷惑をかけちゃったけれど……
2年半かけて作った原稿。
小中さんのおかげで、
直前に大幅修正。
それを昨年の12月に出版社に提出しました。
それなのに、初校を3月29日に出版社に戻したときは、
ほぼ全ページに修正を入れることになりました。
小中さんのご縁で、
大幅に修正したくなったからです。
謎の力をたくさんいただいたおかげです。
最終校正。
出版社はあきれたかもしれません。
7割を超えるページに修正を入れました。
出版社さんの皆さん。
ご苦労されたことと思います。
だけれど、
小中さんから私が出版するのを聞いていたので、
私は大切にされながら今日の日を迎えることができたんです。
小中さん。
ありがとう。
小中さんのおかげなんです。
小中さんの後継者たちが、
素晴らしい仕事をしてくれたんです。
小中さんの魂の宿ったプロたちです。
素晴らしい足跡です。
さて、ブログの中身が、
いつも以上にデタラメになってしまいました。
つたない文章に付き合ってくれてありがとう。
小中さんに感謝を伝えたかった。
今日中に伝えたかった。
在り難う。
