【解説】人材育成に役立つ心理学とは?
投稿日:2024年9月30日 / 最終更新日:2024年9月30日
「人材育成」が組織の成長に不可欠なのは言うまでもありません。
しかし、今のビジネス環境では、人を育てるということは難しいことなのかもしれません。
- 入社3年以内の高い離職率
- ワークライフバランスの重視から、出世を嫌う風潮
- 金銭的な報酬が割に合わないと感じ、より社会貢献を求める生き方
人材育成において、これまでのスキルや知識を提供するだけでは不十分です。
一人ひとりの社員が持つ「強み」「潜在能力」「貢献意欲」を最大限に引き出すアプローチが求められます。
そこで重要になるのが「心理学」です。
ただし求められているのは、相手をコントロールすることを目的とした心理学ではありません。
個人の内発的動機付けが起きる心理学に基づき、人材育成することが重要なのです。
心理学が人材育成に果たす役割とは?
心理学が人材育成に果たす役割は、社員一人ひとりの「強み」「潜在能力」「貢献意欲」を最大限に引き出すことにあります。
これらの要素は、組織の成長に直接関係するため、適切な心理学的アプローチをすることが、個人と組織の両方に大きな利益をもたらします。
強みを引き出す心理学
人はそれぞれ異なる強みを持っています。
心理学は、その強みを引き出し、さらに発展させるための効果的なツールを提供します。
たとえば、ポジティブ心理学の理論に基づくアプローチでは、個々の強みに焦点を当て、それを日々の業務にどう活かすかを考えることが重視されます。
潜在能力を引き出す心理学
潜在能力は、試練やストレスを乗り越えるプロセスの中で開花します。
潜在能力を引き出すためには、適切なチャレンジや圧力が必要です。
以下に、これを踏まえた人材育成の視点を説明します。
- 潜在能力とは?
潜在能力とは、表面的には見えませんが、ある環境や状況において発揮される能力のことです。
この能力は、ただ「適切な条件」が整うのを待っているだけでは引き出されません。
むしろ、個々が予期しない挑戦に直面し、その過程で自らの限界を超えることで初めて開花するのです。
- 試練やストレスが成長の機会
試練やストレスは、潜在能力を開花させる役割を果たします。
心理学の視点から見ると、これらの要因は、個人が自己の能力を再評価し、未知の領域に挑戦するきっかけとなります。
心理学にはレジリエンス(Resilience:逆境耐性)という概念があります。
これはまさにストレスや試練を乗り越える力であり、その過程で新たなスキルや知識、そして潜在能力が開花していくことを示しています。
人材育成における実践
リーダーやマネージャーが社員に対して意識的に適度な試練やストレスを提供することで、潜在能力が発揮されやすくなります。
具体的には、以下のようなアプローチが考えられます。
- 挑戦できる仕事を提供する
人を育てる唯一の道具は、「挑戦できる仕事」です。
そこで、リーダーやマネージャーによる仕事の調整が重要になります。
目標は達成可能でありながらも少し高いハードルを設定することで、社員は自分の限界を押し広げる必要が出てきます。
このプロセスで、新たなスキルや能力が開発されます。
- 適切なフィードバックとサポートを行う
挑戦できる仕事を任せる過程で適切なフィードバックを提供し、同時にサポート体制を整えます。
そうすることで、社員はストレスを建設的に捉え、自らの成長に結びつけることができます。
- 安全な失敗の場を提供する
失敗を恐れずに挑戦できる環境をつくることで、社員はリスクを取っても潜在能力を最大限に発揮するようになります。
「失敗が学びと成長の機会」と認識される環境を目指しましょう。
貢献意欲を引き出す心理学
社員の貢献意欲を引き出すことは、組織全体のパフォーマンス向上に関わります。
心理学は、社員が自発的に組織に貢献したいと感じるような環境を整えるために役立ちます。
エンパシー(共感)を活用したコミュニケーションで、社員は自分の意見や意思が尊重されていると感じます。
すると、組織への忠誠心や貢献意欲が高まります。
さらに、社員が自分の役割や貢献が組織全体にどのような影響を与えているかを物語として再認識することで、仕事へのモチベーションが高まります。
これをナラティブ・アプローチといいます。
これにより、社員は自己の仕事に意味を見出し、自ら積極的に組織の目標達成に向けて行動するようになります。
社員が自ら学び成長する仕組みをつくる
心理学は、社員の「強み」「潜在能力」「貢献意欲」を最大限に引き出すための強力なツールです。
これらの要素が発揮されることで、社員は自己成長を感じながら組織に貢献し、結果として組織全体の成果につながります。
心理学的アプローチを人材育成に取り入れることで、個々の社員が持つ力を最大限に引き出し、組織全体のパフォーマンスを向上させることが可能になります。
リスク!心理学を人材育成に活用するデメリット
人材育成において、操作的な心理学的アプローチにはいくつかのリスクが伴います。
操作的なアプローチは、短期的効果があるように感じるかもしれません。
しかし、短期的にも長期的にも、個人や組織に負の影響を及ぼす可能性の方が大きいでしょう。
信頼関係の損失
操作的な心理学は、個人を特定の行動や考え方に誘導することを目的とするため、社員がそれを感じ取った場合、信頼関係が損なわれるリスクがあります。
上司が部下を支配的に統制する時代は過ぎ去りました。
一人ひとりが責任を自覚し、自己統制して働くことを希望するものが圧倒的に増えているのです。
社員が上司や組織に対して「操られている」と感じると、モチベーションが低下し、組織への忠誠心も弱まります。
信頼関係が壊れると、効果的なコミュニケーションや協力が難しくなり、組織全体のパフォーマンスが低下します。
内発的動機の喪失
操作的な手法は、外部からの報酬や罰を使って社員の行動をコントロールしがちです。
このような動機づけを「外発的動機づけ」といいます。
外発的動機づけを続けると、社員の内発的動機(自発的に行動する動機)が損なわれるリスクがあります。
たとえば、外部のインセンティブに依存することで、社員は自分の仕事に意味や楽しさを見いだすことが難しくなり、長期的な成長やエンゲージメントが低下する可能性があります。
倫理的問題
操作的な心理学的手法には、個人の自由意思を軽視します。
もちろん、倫理的な問題が生じる可能性さえあります。
たとえば、個人の価値観や意志を無視した操作は、個人の権利を侵害することになりかねません。
組織が倫理的に健全な運営を維持するためには、社員の自由意思を尊重し、操作的な手法を避けることが重要です。
短期的な結果に依存する
操作的なアプローチは、短期的な成果を追求することに焦点を当てています。
その結果、長期的な成長や持続可能な成果が犠牲になるリスクがあります。
たとえば、特定の行動を促すために圧力をかけることで、短期的には結果が出るかもしれませんが、その結果、社員のストレスレベルが高まり、長期的な生産性が低下する可能性があります。
『急ぐということは、必ず間違いが含まれている』 西田 幾多郎 氏 |
創造性と革新性の抑制
操作的な環境では、社員が自分の意見やアイデアを自由に表現しにくくなることがあります。
創造性や革新性が抑制され、組織が新しいアイデアやアプローチを生み出す能力が低下します。
長期的には、競争力のある組織であるためには、社員が自由に考え、実験できる環境が必要です。
組織文化への悪影響
操作的な手法が常態化すると、組織文化に悪影響を与えることがあります。
社員が常に操作されていると感じる環境では、組織全体の文化が信頼やオープンネスから、疑念や不信に変わってしまう可能性があります。
社員同士の協力やチームワークが損なわれ、結果的に組織全体の成功が阻害されます。
長期的視点
人材育成において、操作的な心理学の手法には多くのリスクが伴います。
短期的な成果を得るために個人を操作することは、長期的には信頼関係の崩壊、内発的動機の喪失、倫理的な問題、創造性の抑制、そして組織文化の悪化を引き起こす可能性があります。
これらのリスクを回避するためには、操作的でないアプローチを採用し、社員の自主性と成長を尊重することが重要です。
人材育成に役立つ心理学の基礎理論
最後に、人材育成に役立つ基礎理論をご紹介します。
これらの心理学的アプローチは、操作的でなく、社員の自主性や内発的動機を尊重し、長期的な成長を支援するために役立ちます。
人材育成において、これらのアプローチを活用することで、自然な形で社員の能力を引き出し、組織全体のパフォーマンスを向上させることができるでしょう。
自己決定理論(Self-Determination Theory)
自己決定理論は、個人が内発的に動機づけられるために必要な三つの基本的欲求(関係性、自主性、修養)を重視します。
この理論によれば、一人ひとりが自主的に目標を設定し、自分のペースで成長できる環境を提供することが、人材育成において効果的です。
個々のメンバーが自分の成長に対する責任感を持ち、内発的な動機で行動するようになります。
マインドフルネス(Mindfulness)
マインドフルネスは、現在の瞬間に意識を集中し、ジャッジせずに観察する心理的なスキルです。
人材育成に取り入れることで、社員が自己理解を深め、ストレスマネジメントがしやすくなります。
マインドフルネスは、リーダーシップやチームワークの向上にも貢献します。
社員が自分の感情や思考を客観的に観察できるようになることで、健全な身心と対人関係を築きやすくなります。
エンパシー(Empathy)
エンパシーとは、他者の感情や視点を理解し、共感する能力です。
人材育成において、リーダーがエンパシーを持って部下に接することで、信頼関係が深まり、社員は安心感を持って仕事に取り組むことができます。
エンパシーは操作的ではなく、純粋に他者を理解しようとする姿勢が重要です。
これにより、社員のモチベーションが自然と高まり、長期的な成長が促進されます。
ポジティブ心理学(Positive Psychology)
ポジティブ心理学は、人々が幸福感を感じ、人生の意味や目的を見出すことに焦点を当てています。
人材育成において、社員の強みを見つけ、それを活かすための環境を整えることが大切です。
ポジティブなフィードバックや、成功体験の共有を通じて、社員が自分の成長を実感し、さらなる成長を目指す意欲を持つようになります。
ナラティブ・アプローチ(Narrative Approach)
ナラティブ・アプローチは、個人の経験や物語を通じて自己理解を深める手法です。
人材育成の中で、社員が自分の経験やキャリアを振り返り、そこから学んだことや意味を見つけるプロセスを支援します。
これにより、社員が自分自身のストーリーに責任を持ち、自己成長に向けて積極的に行動することができます。
フィードフォワード(Feedforward)
フィードフォワードは、過去の失敗に焦点を当てるのではなく、未来の改善点に目を向けるアプローチです。
これにより、社員は過去の過ちに囚われることなく、未来に向けてポジティブな変化を起こすことができます。
この手法は操作的でなく、社員が自らの成長に前向きに取り組む姿勢を促します。
まとめ
今回は、心理学が人材育成に果たす役割と、それを効果的に活用するための情報をお伝えしました。
心理学を活用した人材育成は、単なるスキルの向上や知識の習得に留まらず、社員一人ひとりの「強み」「潜在能力」「貢献意欲」を引き出すために不可欠なアプローチです。
社員を操作的にコントロールするのではなく、個々の自主性を尊重し、成長を促すことが、組織全体の長期的な成長と持続可能な成果につながるのです。