自分の欲望に気づけない上司と、「本当の自分」を探す部下の離職
投稿日:2026年1月21日 / 最終更新日:2026年1月21日
「積極的に仕事してね……」
「もっと、自分から提案してください……」
「自発的にコミュニケーションをしてきて……」
自分勝手さに気づける上司は少ない。
「本当の自分」探しが始まっていた
上司から「もっと自分からコミュニケーションしてください」と言われたけれど、どうすればいいのか
部下を育てようとするとき、上司は自ら気づかずに、自分の欲求や不安を投影している。「こうしてほしい」「これじゃダメだよ」というのは、自分の一方的な欲望や不安の現れ以外の何ものでもない。
優秀な部下は、それを素直に受け入れながら、一方的な上司の虚構に気づいてしまう。素直に従おうとする一方、上司からの抑圧という事実の間に挟まれ苦悩する。人間はロボットではない。他人の欲望や不安の対象として、そのまま動くようでは自分を見失うような状態になってしまう。
本当の自分とは?
たとえば、他者承認に自分を求めると、メンタル不調を起こしやすくなることを、科学は示している。よく考えると、他者承認で自分を認めることなどできるはずがない。なぜ、他者の中に自分の存在を確認できるのか。もし、どんなに熱烈な恋をしても、常に相手のことを自分の中で思っていることなどできない。他者承認の中に自分を求めようとすると、心の健康はおぼつかない。
上司の一方的な欲望や不安の現れとは、部下を他者承認の罠にはめようとする試みでもあるのだろう。すると、健康的な自己承認で生きている部下は、そんな薄っぺらな上司の元でなど、満足できるはずがない。そんな環境では、やる気も失せていくだろう。やがて、部下は会社を辞める。
自己承認のどこに「本当の自分」が在るのか
先日、30年来の友人と食事した。彼は、一人のクラブの女性を同伴しての三人での飲食。友は独身で、フリー。食事の後、彼女が働くクラブに付き合うと、絶世の美女が席に着いた。「なぜ、この女性を誘わなかったのか」と尋ねた。すると、「彼女は、お酒が飲めないの。俺の楽しみは、仕事が終わったら、お酒を飲みながら、おいしい食事をして話すこと……」。なるほど、彼が女性を選ぶ一つの理由は、お酒の席を一緒に楽しめる相手。彼の自分は、お酒の席の中に在るのか。それはそれで、幸せそうだ。しかし、お酒の中に見える自分は、やはり「本当の自分」ではないだろう。
本当の自分と出会うには
教えることができない。
昨夜の心理学体験講座での出来事。上司から「もっと自分からコミュニケーションしてください」と伝えられて、悩んだ挙句に参加してきた。
これを上司に言われたとき、戸惑いながらも「はい」と言ったとしたら、それは役割の私。
反射的に「私が!」と怒りを感じたら、それは反射的なエゴの私。
そう言われながら戸惑い、悩み、どうにか乗り越えようと参加したのは、どんな私?
試練を乗り越えようと意志する私。その意志する私に気づける私とは?それこそが本当の私だ。
「幸せになる」と願う人は、まだ幸せになれていない。
「幸せにある」と気づいている人は、すでに幸せの中にいる。
たった、これだけの違いだ。すでに在る幸せに気づけない人は気づけない。
すでに在る自分に気づけない人は、すでに在る「本当の自分」を探しても見つからないじゃないか。
すでに在るものは見つからない。























