毎日が危機
投稿日:2026年1月30日 / 最終更新日:2026年1月30日
朝陽の前にやってくる。
はじまるよ。
準備はいいか。
より善く生きることを、目指していた。
けれど、何かが違った。
誰かに教わったからではなかった。
この言葉に出会い、教わり、
そう生きることにしたはずなのに、
それでも、何かが足りなかった。
正気に生きようとしても、
思い通りになんかならない。
外界の快楽に、一時的に酔うだけだった。
だから、正直に生きようとした。
それでも何かが、阻んでくる。
おもしろいものだ。
振り返った。
暗闇の中から、最後の一手になるだろう。
もう、こうするしかない。
そう決断したあとに、参与され、道が開かれる。
また道標を失った今回。
格知されるのを、待っていた。
やってこない。
何も、起きない。
そうか、待てのサイン。
停まれ、ということか。
人生にはリズムがあるというが、
今回は、随分長い休息だ。
出口が見えない。
感じられない。
どうするべきか。
もう少し、停まれなのか。
不思議は、続くのか。
今回も越えられそうもない壁。
その度に、奇跡のように救われることが起きた。
何かの参与としか思えない出来事が、起きる。
もしかすると、今回も、
すでに格知は起きているのかもしれない。
ただ、掴む力が乏しいだけなのだろう。
自らを慎み、
自ずからの機会を、待つ。
そうか、
より善く生きることだけでは、不十分なのだ。
一瞬一瞬を、善く生きることが、必要なのだ。
ただ待つばかりでは、
時間だけが、過ぎてゆくこともある。
書いてみるんだ。
話してみるんだ。
言葉にしてみるんだ。
そこに、表現されたものの中に、
自ずからの意志が、あるじゃないか。
表現してみなけりゃ、
ぼんくらな私にゃ、
わからんてこった。
常に参与されている僥倖。
見ているよ。

















