「ビジョンとは、神を見ること」、聖人、アウグスティヌス。
投稿日:2025年8月29日 / 最終更新日:2025年8月29日
1年で経済的に満たされた40歳経営者の健康度。
「やる気がわかない……」
「独立して1年で目標を達成した……」
「考え方を知りたくて参加しました……」
謙虚だ。
こんな透明な心をもった40歳は、60歳になったら、どれほど輝くんだろう。
なぜ、彼にそう感じたのだろうか?それは、自分の時とは違うから……。少し恥ずかしい。
自分の記憶と照らし合わせなければ、そう感じることなんてできない。
自分の記憶と照らし合わせなければ、そう感じることはできない。そうそう、私には闇も輝きも両方あるということだ。(笑)
使命が先?ビジョンが先?
「ビジョンとは、神を見ること」、聖人、アウグスティヌス。
心理学系の講座に参加されていた彼は理学療法士で、独立して1年で2人のスタッフを雇用している。順調な時を過ごしているのが垣間見える。
代表である彼は、お客様やスタッフの前では笑顔でパワフルに振る舞っているのだろう。しかし、自分を慈しむ時間になると、心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになるのかもしれない。
それこそが「健康」だ。
自分と対話する時間を大切にしているんだろう。それが自分を愛すること。
そして、そんな時こそ、ほんとうのこと(真理)が知りたくなる。
「知りたい!」
「見つけたい!」
と思うことは、健康な人の純粋なモチベーション。
「知りたい」という以外に、純粋な動機などあり得ない。
目に見える物質的な価値では、人生が満たされないことに気づいた。
誰もが知っている普遍的な真理だ。
目に見えない普遍な絶対的な価値でないと、生きることは満たされないんだ。
アウグスティヌスが「ビジョンとは、神を見ること」と言うとおりだ。
そのレベルを目指し、神を見ることができないと、私たちは人生でさまようことになる。
どうすれば神というビジョンが観えるのか?
40歳の理学療法士は、神を観そこなった。
実際は見えていたはずだ。
その方法は、ベルグソンが参考になる。
ベルグソンは、神というビジョンを見ることは、直観を通じてのみ可能と言った。
彼は、分析的で知的な思考である「知性」では、生命の根源、生命の躍動を捉えることができないと言った。
直観は、知性の前。より深い認識能力。それは、対象の内側に入り込み、その持続を直接的に経験すること。
ベルグソンにとって、この直観こそが、生命の躍動、そしてその究極の源である神を直接的に捉える唯一の手段としたのです。
それは、今の成功者たちの言に似ている。
なぜ、神を観そこなったのか。
1年で目標達成をしてしまった彼。
そこに空虚感が襲った。
それがベルグソンが言う、神が触れてきた瞬間だ。
覚悟の深浅によるが、志を持つものには直観が降りる。
正確に言うと、頻繁に降りている。
受け取れないだけだ。
まったく宗教的ではないが、怪しすぎてそんな講座をする者は少ないのではないか?
20年以上前、間違って、それらしき講座に参加したことがあるが、そそくさと退散してきた。
それぐらい怪しい。
だから、小林秀雄さん、池田晶子さん、若松英輔さんの本で学ぶことをお勧めする。
私の師匠は、「言葉が天から降ってくる」と言った。
世界No.1のコーチと言われるアンソニー・ロビンズも映像で同じようなことを口にしている。
どうすれば天から直観が降りてくるのか。
聖徳太子は「一に曰く、和を以て貴しと為す(一にいわく、和をもってとうとしとなす)」と残した。
太子は、より良い社会を築こうという考え方を和と言った。
直観が降りてくるようにするには、和の精神。
無私になることだ。
そして、天から降りてきたものを言葉にしたのを使命と言う。
無私こそ人格。
二十世紀最高の知の巨人、ドラッカーが示した貢献する人生。
社会のために役立つ人生に疑問を思うかも知れない。
もし、そう思うなら一本の映画を見てほしい。
東映創立50周年記念映画として製作された、2001年に公開の『ホタル』。
なぜ、死を覚悟した特攻隊員は、自ら志願したのか?
表向きはお国の為。
しかし、彼らの真意は違う。
まだ見ぬ師との邂逅。
出会うしかない。
自分の使命。
誰も教えてくれない。
教えられたとしても、自分で納得でき中れば受け入れない。
他人が見つけた使命を、受け入れた人も見たことがない。
使命は、自分で見つけるんだ。
ただ、それを普段、見ることができないんだ。
今日は、見えない神と出会い、自分の使命を見つける方法のブログ。
古の叡智から学んだ。
観るしかない、見えない普遍さん。
ありがとう。